【NFTトレンディ】暗号資産のプライバシー保護サービス「Tornado Cash」事件解説

2022/08/14

今週のNFTトレンディでは、NFTやブロックチェーンに関連する注目トピックを取り上げて解説する。今週は暗号資産のプライバシー保護サービスTornado Cash(トルネードキャッシュ)が米国から制裁リスト指定され、開発者が逮捕された事件を取り上げる。

【目次】

  1. Tornado Cashとは:暗号資産取引の匿名化サービス
  2. Tornado Cashをめぐる一連のできごと
  3. 暗号資産業界の反応:日本ではWinny事件と比較

1.Tornado Cashとは:暗号資産取引の匿名化サービス

Tornado Cash(トルネードキャッシュ)は、2019年に生まれた暗号資産(仮想通貨)のミキシングサービスだ。ミキシングとは、暗号資産を送金する際に複数の取引データを混ぜ合わせることで、どのアドレスからどのアドレスに何をいくら送金したのかという取引情報が分からないようにすることだ。

通常、暗号資産/NFTのすべての取引はブロックチェーンネットワーク内に記録が残り、あるアドレスの過去の取引履歴は世界中に公開されている。そのため個人のアドレスが一度特定されると、その人が過去に利用したサービスや購入したNFT/暗号資産やその金額、売買のタイミングといった重要な個人データが丸見えになってしまう。こうした問題への対策として、ミキシングや匿名通貨(プライバシーコイン)のような取引を匿名化する技術が開発されてきた。

匿名化は個人のプライバシーを保護するのに役立つが、一方でマネーロンダリングやテロ資金供与にも利用されてしまうという問題がある。そのため各国当局から問題視されており、Monero(モネロ)やZcash(ジーキャッシュ)といった匿名通貨が海外のCoinbase(コインベース)やKraken(クラーケン)などの主要な取引所で上場廃止になった例もある。日本の取引所でも現在は売買できない。

2.Tornado Cashをめぐる一連のできごと

8日、米国財務省外国資産管理局(OFAC)の制裁対象者リストにTornado Cashを指定

米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、8日、Tornado Cashを制裁対象者リストに指定した。Tornado Cashが、設立以来9300億円にも上る金額のマネーロンダリングに使われたとして非難した。また、同サービスに関連する38のイーサリアム(ETH)アドレスと6のUSDコイン(USDC)アドレスも制裁対象者リストに追加した。

これにより、米国内にあるか米国人が所有・管理するTornado Cash上の財産はすべて凍結され、OFACに報告されることになる。

制裁措置を受けて各企業が対応

OFACの制裁措置を受け、USDCを発行する米Circle(サークル)社や、オンラインコミュニケーションツールのDiscord(ディスコ―ド)、開発プラットフォームのGithub(ギットハブ)、大手NFT取引所のOpenSea(オープンシー)といった企業も対応を行った。

Circleは、制裁リスト内のアドレスをブラックリスト化しUSDCの移動を凍結。DiscordやGithubでは関連アカウントが削除された様子だ。OpenSeaは、過去にTornado Cashを利用したことのあるアドレスを利用禁止にしているとみられている。

10日、何者かがTornado Cashを利用して様々なアドレスにETHを送金

こうした中で、10日、何者かがTornado Cashを利用して様々なイーサリアムアドレスに0.1ETH(約2.6万円)を送金したことが話題となった。

NBAプレイヤーのShaquille O’Neal氏やデジタルアーティストBeeple氏など著名人のアドレスにも送付されているようだ。

ETHは制裁対象となっているTornado Cashのアドレスから送金されているため、最悪の場合受け取った側もルール違反とみなされるリスクがある。ブロックチェーンの仕組み上、受取人は暗号資産やNFTの送付を拒否することはできず、制裁リスクのある資金を強制的に受け取らざるをえない。そのためまるで無差別爆撃のような事態となっている。

送り主の意図は不明だが、制裁に対する抗議ではないかとみられている。

12日、Tornado Cashの開発者が逮捕されたことが判明

12日、オランダのアムステルダムで29歳のTornado Cashの開発者Alexey Pertsev氏が逮捕されたことが分かった。Pertsev氏の妻Ksenia Malik氏は「The Block」に、逮捕にショックを受けている、夫は違法なことは何もしていないと語った。

3.暗号資産業界の反応:日本ではWinny事件と比較

海外の暗号資産業界では一連の事件について批判の声も多い。

Mythos Capitalの創業者で人気メールマガジン「Bankless」を執筆するRyan Sean Adams氏は、「Pertsev氏は公共財として機能するプライバシー保護のコードを書いただけであり、悪意のあるユーザーがそれを利用したために逮捕された。これは自由社会では成立しない」と主張した。

大手暗号資産レンディングサービス「Aave」の創業者Stani Kulechov氏は、「プライバシー保護のためのコードを書いただけで逮捕されるのは一線を超えている。この逮捕により、プライバシー/暗号化技術のすべての開発者がターゲットとなる可能性がある」と述べた。

一方、日本では「Winny」事件を連想させるとの声も聞かれる。

Winny事件は、ファイル共有ソフトWinnyの開発者金子勇氏が、不正利用ユーザーの存在によって2004年に著作権法違反の罪に問われたが最終的には無罪判決となった事件だ。

大手暗号資産取引所bitFlyerの創業者加納裕三氏は、Winny同様にサービスを開発したのみなのか、あるいは運営もしていたのかで解釈が変わると述べた。

暗号資産やNFTに関するプライバシー保護は、技術が社会に浸透するほど重要になる。たとえば暗号資産で支払いをしたり、証明書や各種権利をNFTで受け取る際に、容易に他人に自分のプライベートな取引履歴を公開してしまう事態は避ける必要がある。一方で、プライバシー保護の技術にはマネーロンダリングリスクという大きなデメリットも存在する。どのようにバランスを取るべきか、本格的に議論するべきフェーズに入ったのではないだろうか。