カオスと熱気の3日間 記者が実感、Web2テックイベントとの差異【NFT.NYC】
カオスと熱気の3日間を泳ぎ切った――。「カワイイ」や「Otaku」の画像が会場にあふれている。でも展示製品はない。QRコードだけ。誰が社長かも分からない。過去に取材したどのIT系のイベントや展示会とも異なっていた。
ニューヨークで開かれた世界最大規模のNFTイベント「NFT.NYC2022」に、記者は初めて参加した。
2003年から米ニューヨークに住み、Web1からWeb2への移り変わり、そして現在に至るまでを追いかけてきた。米テック業界のカルチャーには慣れ親しんでいるつもりだったし、大規模イベントの取材にも慣れている。
例えば、米ラスベガスで開かれる大規模な先端技術見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」には、過去12回取材に行った。初日に開かれるソニーやパナソニックなど7~8社の大手企業のメディアイベントでは、長蛇の列に並び、著名幹部のスピーチを聞くやいなや中座し、次のイベントの列に並ぶ必要がある。べらぼうに混み合った会議場の中を効率よく歩き、新製品の写真を撮る。こうしたノウハウを得るのにおそらく数年はかかった。CESでの経験があるから、NFTイベントも乗り切れるだろう――。
しかし、予想は見事に吹き飛んだ。次から次へと「想定外」が起きた。
■この行列はスタバなのか?
まず、「disorganized(まとまりがない)」「いい加減」さが想定外だった。Metaverse Styleの編集長によると、こういうのを「グダグダ」というのだそうだ。
参加者バッジのピックアップの朝、タイムズスクエアにある主要会場のホテル、ニューヨーク・マリオット・マーキスに向かった。会場は9階と案内メールにあったため、エレベーターで向かい、降りたところで40~50人が並んだ列の最後尾に並んだ。すぐに私の後ろに、電子タバコをプカプカ吸っているおばちゃんたちがうれしそうに並んだ。バッジは会場が開いて数分でピックアップできた。
しかし後に他の記者から聞いたところによると、同時刻にはすでに、1階のホテル入り口の横に長蛇の列ができていたという。彼はその行列に並んで初めて、スタバ横のドアを通って9階行きエレベーターに乗れたのだそうだ。私はこの時点で、ホテルの外に早朝から並ばされていた数百人の参加者をすっ飛ばしていたのだった。
実は、エレベーターに乗る前、ちらとその列は窓ガラス越しに見えた。しかし、その先頭方向にあったのはホテル内に併設されたスターバックス。「アメリカ人はコーヒーのためによく並ぶな〜」と思い、何の迷いもなくエレベーターに進んだ。念のため9階でボランティアに「これ、バッジの列だよね」と確認すると、「イヤー、イヤー、ウェルカーム! アハハー」と、1階に戻って並べというとがめもなかった。
後に1階でよくよく確認してみたが、スタバの入り口の真横に「NFT NYC REGISTRATION 9TH FLOOR」と黒字に白の看板が出ている。やはりどう見てもスタバに入る行列にしか見えない――。真面目に並んだ人たちは炎天下の中、最悪で数時間待ちだったそうだ。
初日のメインイベントは、有名なラジオシティー・ミュージックホールで開かれるが、チケットが必要という。しかし、過去にNFT.NYCから来たメールを穴が開くほど見ても、どこでチケットを入手できるのか分からなかった。すると、バッジを受け取った直後、主催者のテーブルが目に入った。誰もいない。隣のテーブルにいた男性に「チケット、どこで取れるか知ってる?」と聞いた。彼は、チケット登録のURLをスラスラと唱えた。やっと、というか、なぜかチケットとなるQRコードが手に入った。
■基調講演で「ポロシャツあげるよ!」
メインイベントでは、主催者が冒頭、このイベントの意義を重々しく語るのだろうと思い込んでいた。1990年代のCESでは、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が登場し、コンピューターやインターネットの未来を文字通り「予言」した。SNSやライブ配信もなかった時代、ハイテクの最前線を知るため、彼の基調演説を聞き逃すまじと、エンジニアやメディアの数千人が会場に殺到したという。
というわけで、緊張しながらラジオシティーホール最前列で待ち構えていると、NFT.NYCのプロデューサー兼共同創業者ジョディー・リッチ氏が登場。会場の20~30代の若い参加者に比べ、白髪を刈り上げたヘアスタイルで、まあ重鎮という感じだ。
ところが彼曰く、「ラジオシティーに集まれるなんて、信じられない、素晴らしい。今年は4年目だが、1年目に参加した人はこの中にいるかい? ここにある特製ポロシャツをプレゼントするよ!」
基調演説らしきものは、そんな感じで終わった。
しかし、グダグダながらも「予定調和」はあった。
リッチ氏の後、ゲーム大手Polygon Studioのライアン・ワイアット最高経営責任者(CEO)、Web3インフラプロバイダーのMoonPay共同創業者兼CEO、イヴァン・ソト-ライト氏ら大物が登場。イーサリアムの下落についての見解を述べた。これでメインイベントの原稿が書けると、内心ホッとした。
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■CEOはいずこ 肩書のない名札
NFTイベントは、ギラギラしたところがなく、コミュニティーがフラットなところも特徴だ。CES会場では、誰かに話を聞く際、バッジにある名前、社名、肩書きをスマホで撮影していた。原稿には必要な情報だからだ。
しかし、NFT.NYCのバッジには、名前と社名しかなく、肩書きはない。ブースに行っても、誰が社長か、ただの社員なのかは全く見分けもつかないし、問題ない。誰に話しかけても、コミュニティーのメンバーとしての熱意を楽しげに語ってくれる。それはうれしかった。CESなど伝統的なイベントでは、「この日本人記者に話をして、うちの会社は記事になるのか? その記事で株価は上がるのか?」というギラギラした視点で品定めされる。私の取材を受ける時、彼らの顔は常に神妙な感じだ。マーケットへの影響が巨大な米紙ウォール・ストリート・ジャーナルではなく、私の古巣の共同通信社やNHKでさえ、彼らがアピールしたいアメリカの投資家が接触しないメディアだからだ。アポイントメントを入れることも難しいし、それがなければ当然会うことすらできない。
ところがNFT.NYCは違う。イベント最終日の正午、私は人気NFTゲーム「Upland」のブースに向かった。CEOがその時間だけブースにおり、インタビューできるはずだと編集部から聞いていたからだ。いわばアポなし取材だ。正面にいたテキパキとした女性に、とりあえず話しかける。「日本語と英語で書いているWebサイトです」と説明すると、女性は「LinkedInでつながりましょう」とスマートフォンでQRコードをスチャッと出す。スキャンすると「彼がCEOです」と紹介してくれたのが、彼女の後ろに立っていたすごく背が高い男性だった。
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こんなに簡単に有力企業のCEOにインタビューできたのは、私の記者人生でも極めてまれなことだ。しかも私は、押しも押されもせぬウォール・ストリート・ジャーナルの記者ではない。
単にラッキーだった可能性もある。でも、NFTイベントでは、マスメディアなのか、ブロガーなのか、インフルエンサーなのか、ということで記者個人が品定めされることはない。今のところ。
■何が大切なのか、一人ひとりが判断する世界観
CESなど旧来型のテックイベントでは、大手企業が巨額の資金を投じてメディアイベントを開き、マスメディアやブロガーらによるSNSへの投稿を躍起になって獲得しようとしている。
これに対し、Web3が目指すのは「分散型」だ。つまり、このカルチャーの中では、誰にとって何が大切なことなのかは、ユーザーや個人一人一人が判断することだ。マスメディアが過去からの企業との関係で「これがニュースなのですよ」と消費者に示す世界とは、完全にかけ離れている。
しかし、グッドニュースばかりではない。イベント中、どこに行っても、8~9割が男性の集まりだった。期間中にインタビューしたCEO10人以上のうち、女性は1人だった。つまり、ジェンダー的にWeb1、Web2の世界が、Web3のスペースに継承されている。
ただ、前述したようにコミュニティーの中で、上下関係が薄れフラットになっていることは「進化」だろう。データはないが、アジア系のスタートアップや参加者が多く見られたことも、とても評価できる。
「見て、この熱気を。すごくポジティブだ。でも、彼らの多くが失敗するだろう。しかしこの熱気がすごく重要なんだ」
NFT.NYCの最終日、あるWeb3企業の幹部が、早口で私にこう言った。
Web2時代のショーを体力と気力で乗り切ってきた記者としては、NFTイベントはすごくフレッシュだった。グダグダ感を享受し、肩の力を抜けば溶け込めるコミュニティーだ。今は、アーリースターターの熱狂に包まれているイベントだが、将来も、このWeb3のカルチャーを反映したフラットで平等なイベントであってほしい、と思った。
津山 恵子(つやま・けいこ) プロフィール
ニューヨーク在住ジャーナリスト。
東京外国語大学卒、1988年共同通信社入社。福岡支社、長崎支局、東京経済部、ニューヨーク経済担当特派員を経て2007年に独立。Facebook(現Meta)のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)、Instagram 創業者ケビン・シストロム氏、ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイ氏、YouTube共同創業者スティーブ・チェン氏、作曲家の坂本龍一氏、ジョン・ボルトン元米大統領補佐官、ジャシュ・ジェームズ米DOMO創業者などの著名経営者を単独インタビューしてきた。著書に「モバイルシフト」(アスキーメディアワークス)、「よくわかる通信業界」(日本実業出版社)「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)など。日本外国人特派員協会(FCCJ)正会員。
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