「社会課題解決できるWeb3に」フェンシング五輪銀メダリスト・太田雄貴氏【Web3の顔】

2022/06/23

元フェンシング選手で、2008年北京、2012年ロンドンの両五輪で銀メダルを獲得した太田雄貴氏。現役引退後の2021年には国際オリンピック委員会(IOC)の委員に就任。さらにスポーツエコシステム推進協議会のアドバイザーとして、スポーツ界のDXを進めていることでも知られる。

そんな太田氏は、DXの一環として「Web3」に注目している。2022年4月には、暗号資産取引所のコインチェックとメタバース事業で提携することを発表した。NFTにも関心を持っており、6月20日から米ニューヨークで開催されている国際イベント「NFT.NYC 2022」に参加した。

Web3やNFTについて、太田氏はどんな構想を抱いているのか。米ニューヨークで話を聞いた。

■NBATopShotを見てNFTの凄さを知る

NFTは暗号資産と同じくブロックチェーンをベースにした技術。太田氏は2017年頃から 暗号資産を購入していたため、その乱高下を身をもって味わってきた。ブロックチェーンをスポーツ支援のために活用できないかと考えた時に、目に留まったのが「NBA Top Shot」だった。    

NBA Top Shotは米プロバスケットボールリーグのNBAと、ブロックチェーン企業のDapper Labsが提携して運営するマーケットプレイスだ。試合の名場面などを収めたNFT動画のコレクションで、累計取引額は1000億円以上に上る。スポーツNFTの先駆けともいえる。

「NFTが注目される少し前に、デジタルトレカが話題になった時期がありました。しかし、日本のスポーツ界が思い切っていろいろできない理由が2つありました。まず1つは射幸心を煽る、という点です。著名選手などのレアなカードを、それ以外のカードと混ぜてパック販売する方法は、議論を呼んでしまう可能性があります。また、2点目は何と言っても、デジタルはコピーされやすい。当時のデジタルトレカは簡単にコピーできてしまうので、セカンダリで二次流通をさせることが難しい、と思いました」

NBA Top ShotのようにNFT化されたトレーディングカードは、ブロックチェーン技術によって希少性が担保されている。カードが転売された際に、一次権利者に利益を還元させ続けることも可能だ。スポーツ選手個人がNFTを作成し、販売すれば、二次流通で生まれる利益を本人が受け取ることも可能になる。

日本では、五輪に出場するレベルのスポーツ選手であっても、海外遠征費などを自腹で賄わざるをえなくて苦労しているケースが多い。太田氏は、ブロックチェーン技術やNFTがこうした状況を変えられる可能性があるとみている。

「スポーツ選手がNFTを発行し、その仕組みで継続して収益を受け取ることができれば、得られた利益を投資にも回すこともできるようになる。そのことでNFTホルダーだけなく、関係者や自分を応援してくれるファンも幸せにできるのではないか。支援者へ配分したり、スポーツに関連する奨学金を設立したりすることもできるはずです」

■権利関係や「投機性」のハードル

「NFTや暗号資産は、ボラティリティ(価格変動)が激しい。日本ではうさんくさいイメージを抱かれやすいと思います。五輪のタイトルを持っている自分がそこに入っていくことで、このイメージを変えたいと思っています」。太田氏はそのように語る。

NBA Top Shotについても、日本でそのまま踏襲できるわけではない。レアな動画とそうでない動画をセットで売る方式は、デジタルトレカの議論と同様に射幸心を煽る恐れがある、という点は否めない。

また、日本のスポーツ選手自身がNFTを発行しようとしても、そう簡単ではないという。選手自身が、自分の写真や動画の権利を保有しているケースは多くない。そもそも権利者すら曖昧なケースも多々ある。

「なぜNFTを発売するのか、という点の制度設計も大切でしょう。活動費を集めることだけを目的にトークンを発行すると、購入者はどうしても価格が上がる、という期待を持ちます。しかし先にもお話ししたように、NFTは非常にボラティリティが激しい。価格が下がり、損をしてしまった時に、その期待が選手個人への恨みに変わってしまいかねません」

個々人が、選手を支援するためにNFTやトークンを購入する。もし意見が割れたらトークンを売却する。最終的には、DAO(分散型自律組織)のような運営形態が適しているのではないかと考えている。投機的な対価を1番に期待するのではなく、応援したい個人と、支援者が集まってコミュニティを運営していくことが、持続可能な支援・応援の形ではないかと太田氏は言う。

「スポーツ界でこの形が実現できれば、アート、教育者やNPOなどもできる。資本主義の中では声を大にできなかった人も、自分たちの経済圏を作れるのではないかと思うのです」

■社会課題を解決するWeb3を

今回のNFT.NYCに参加するために、ニューヨークを訪れた太田氏。現地ではアートやクリエイティブにも触れようと、意識して観劇の時間も作った。NFT.NYCについては、暗号資産市場が冷え込んだ状況の中で、どれだけ熱を作れるのか期待をしている。

ニューヨークを訪れる前にロサンゼルスやサンフランシスコなどの西海岸を回ってきた、という太田氏は、そこで視察した大手VCなどについてこんな印象を受けた。

「今までと違ったクリエイターエコノミーを作る、ということに価値を感じていると感じました。その反面、投機性だけを重視したNFTへの投資は控えようという動きも感じます。例えば銃で敵を打つシミュレーションゲームのメタバースなど、いくら儲かりそうでも、子供達への影響はどうか、といった議論なども出てきています」

 西海岸の大手VCの視野の広さも実感した。

「彼らは非常に冷静です。今や、気候変動、メンタルヘルス、エネルギー、EV車、小型原発――様々な社会課題がありますよね。水不足などもそうです。解決すべき社会課題が多すぎる。そういった課題やテーマが10個あるとしたら、Web3はその中の1つにすぎない、と。NFTを含むWeb3だけに熱狂している様子は感じられませんでした」

かつてのスポーツ界にとって、自分たちの存在を知らしめるための場は、テレビや新聞、雑誌などごく少数のメディアに限られていた。しかし、インターネットとスマートフォンの台頭で、今やスポーツ界が発信できる場は無限に広がり、その中で一般ユーザーの可処分時間の奪い合いが起きている。    

「もちろん、実際に会場に足を運ぶようなリアルな体験も最高です。でも、同時にデジタルでもスポーツ業界としてどうやって面白いものを作っていけるのか、とても興味があります。そして自分自身も、社会課題をWeb3で解決できるようになりたいし、志を同じくする企業と一緒に取り組んでいきたいと思っています」