【基礎から解説】世界最大手の取引所、バイナンスは安全なのか

2022年11月11日、世界第2位の暗号資産取引所、FTXトレーディングが、グループ企業およそ130社を含めて米連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請した。負債総額は約7兆円とみられ、暗号資産業界において過去最大規模の経営破綻になった。FTXの創業者で最高経営責任者(CEO)だったSam Bankman-Fried(サム・バンクマンフリード、以下SBF)氏は、詐欺罪など計8件の刑事訴追を受けている。

FTXの破綻で、世界最大手の地位をより盤石にしたのが、競合のBinance(バイナンス)だ。しかしこのバイナンス、たびたび証券取引委員会(SEC)や連邦裁判所の調査や警告を受けるなど、危なっかしい一面もある。バイナンスとはどんな企業なのか、FTXが破綻したいま、安心して利用できるのか、一から振り返ってみよう。

■ビットコインの取引高92%を占有

バイナンスは2017年、中国系カナダ人の趙長鵬(チャンポン・ジャオ、以下CZ)氏によって設立された。当初は中国国内に本社を置いていたが、暗号資産禁止の動きを受けて中国外へ移転。タックスヘイブン(租税回避地)のケイマン諸島やマルタに登記を移したのち、23年現在の本社所在地は明らかにされていない。

業界第2位のFTXが破綻し、バイナンスは現状、一人勝ち状態だ。

暗号資産データ分析会社のArcane Researchが22年12月末に発表したレポートによると、同年12月28日時点で、世界の現物ビットコイン(BTC)の実質取引高の92%は、バイナンスで取引されている。

しかし、同社の財務状況は不透明だ。非公開企業のバイナンスは財務諸表を作成する義務がなく、財務状況や流動性も開示していない。

また、日本を含む各国・地域で、当局の許認可を得ないまま無許可でサービスを提供。警告を受けると新規口座開設を取りやめる、といった営業スタイルは、FTXとは対極的なものでもあった。

創業者のCZ氏は現在45歳。中国・江蘇省の生まれだが、1980年代にカナダのバンクーバーに移住した。マギル大学で計算機科学を専攻し、東京証券取引所の関連会社でインターンシップをしたこともあるという。

その後、上海などで暗号資産を含む金融システム開発に取り組み、2017年にバイナンスを立ち上げた。同社はおよそ8カ月で、世界最大の取引所に成長。21年時点での純資産は19億ドル(約2970億円)といわれている。

■FTX騒動の引き金はCZの発言

FTXの破綻に際して、CZ氏の言動は重要な役割を果たした。

破綻の経緯をさかのぼってみると、まず11月2日、暗号資産メディア「Coin Desk」がSBF氏の個人投資会社、Alameda Research(アラメダ・リサーチ)の財務状況に関して報道。アラメダの資産146億ドル(約2兆500億円)のうち、約36億6000万ドル(約5100億円)がFTX自身が発行するトークンの「FTT」で、約21億6000万ドル(約3000億円)はそのFTTの担保であるとして、同社の財務状況に大きな懸念があると指摘した。

この時点では業界の“優良児”だったFTXやその自社トークンのFTTについて、人々が問題視することはなかった。しかし、CZ氏のこんなツイートで状況は一変する。

「最近のニュースを受けてFTTを売却する予定だ」

バイナンスは、FTXが創業した19年に同社に出資していた関係で、22年11月時点では大量のFTTを保有していた。バイナンスが保有する大量のFTTが一度に世の中に出回れば、トークンの価値は暴落してしまう。

バイナンスの売却でFTTが値下がりする前に、自身のFTTを売却しようと焦ったFTX のユーザーがFTT売りに殺到。11月8日にはFTT価格が暴落し、キャッシュが不足したFTXが顧客の出金を停止する暗号資産版「取り付け騒ぎ」が発生してしまった。9日には日本法人FTX Japanも同様に出金を停止した。

同日に、CZ氏はTwitterで「FTXが流動性不足で助けを求めてきた。バイナンスはFTX買収に向けた拘束力のない基本合意書を結んだ。近日中にデューデリジェンスを行う予定」と発言。買収金額はわずか1ドル、といううわさも流れたものの、FTXは破綻を免れたかのように思えた。しかし翌10日、CZ氏は一転「企業デューデリジェンスの結果、FTXを買収しないことにした」「我々の対応能力を超えている」とバイナンスの買収取りやめを発表。これでFTXの破綻は決定的になった。

CZ氏は「悲しい日だ、トライしてみたが」とツイートしたものの、その真意は誰にも分からない。

■「バイナンスは安全なのか」 ささやかれる疑惑

FTX破綻後の22年11月末には、CZ氏はこんな書き出しのメッセージを各国・地域の主要な暗号資産取引所に送っている。「最近、私たちの業界で起きた出来事で、世界中の規制当局が私たちに答えを求めている」――。FTXの破綻で連鎖倒産をする企業が増える中、暗号資産業界に連帯を呼びかける意図があったと思われる。

しかし残念ながら「当のバイナンスは大丈夫か」といわれると、そうではない、と見る向きが多い。

22年12月12日には、米ロイター通信が「米司法省内部で、バイナンスのCZ氏ら経営陣2人を刑事告訴するか否かで意見が割れている」と報道。マネーロンダリングなどの疑惑がかけられているという。

同報道によると、バイナンスは「刑事告訴は、暗号資産市場にさらなる大混乱をもたらす」と主張。ロイターの取材を受けた3人の関係者らは「刑事告訴を取り下げるために、司法取引が行われる可能性がある」と明かしたとされる。

ロイターの報道に関して、バイナンスは「ロイターは、また間違っている。(中略)バイナンスの法律チームは、全ての人々が暗号資産を安全に利用できるように守っている」と反論した。

また、昨年末には、CZ氏が米CNBCの番組に出演。その際に、19年にFTXに出資した資金を買い戻した21億ドル(約2732億円)の大部分はFTTで、約5億8000万ドル(約754億円)相当のFTTをまだ保有していることを「最近まで忘れていた」と答えてしまった。

現在破産手続きが進んでいるFTXと、バイナンス間のこの取引が「不正譲渡」とみなされれば、米連邦裁判所はUSドルで返還するようにバイナンスに求める可能性がある。

■日本市場には合法的に参入するが――

日本市場でもゲリラ的に営業し、金融庁から警告を受けていたバイナンス。

しかし22年11月30日、FTXの破綻後に日本で暗号資産取引所を運営するサクラエクスチェンジビットコインを買収した。今後は合法的に日本市場に参入すると見られ、同日には日本居住者の新規口座開設停止を発表している。

暗号資産市場は、23年初めからは復調の兆しがみえる。しかし万が一、バイナンスも破綻するようなことがあれば、FTXと同等かそれ以上の混乱が、また市場を襲うことは間違いない。

暗号資産ユーザーは資産を複数の取引所やウォレットに分散するなどして、注意深く動向を注視していくほかはなさそうだ。