NFTとメタバースが「詩」の未来を変える? 詩人・黒川隆介さんに聞く

2022/02/23
メタバースギャラリーで展示している「詩」をNFTにして出品した黒川隆介さん(撮影・亀松太郎)

詩集『この余った勇気をどこに捨てよう』を出版するなど、気鋭の詩人として注目が集まる黒川隆介さんが、メタバースギャラリーで「NFT作品展」を開催している。展示されている黒川さんが書いた詩。NFTマーケットプレイス「OpenSea」で購入できるが、どれも「未完成」で、購入者には後日、詩の続編が届くというユニークな取り組みだ。

このNFT作品展は2月半ばまでに2万人以上が訪れるなど、大きな話題となっている。これまで主にデジタルアートの領域で注目されてきたNFTやメタバースだが、「詩」と組み合わせることで、どのような化学反応が起きるのか。黒川さんに話を聞いた。

■ 16歳から詩を書き続けてきた、ストリートの詩人

――まずは黒川さんの詩人としての経歴から伺えればと思います。

はじめて詩を書いたのは、16歳のときです。それまでは空手とサッカーに夢中だったのですが、持病が悪化して運動できない時期があって、そのフラストレーションをぶつけるように、インターネット上に自分の気持ちを綴っていたんです。そうしたら顔も知らない誰かからコメントがついたり、思わぬ反響があって。すこし大げさですが「自分の言葉で何かを表現できるのかもしれない」という手応えがあったんです。それがきっかけで、詩作にのめり込むようになっていきました。

詩人として影響を受けたのは、アレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックといった、アメリカのビートニク詩人たちです。日本で詩人や文学者というと、どこかエリートで学究肌なイメージがあるけれど、彼らはいつだってストリートに身を置いている。その自由奔放なライフスタイルにすごく憧れて、若い頃はとにかくお酒ばかり飲んでいました(笑)。安酒で酔っ払っては、その合間に創作をする。そんな毎日でした。

けれど、そうやっていくら詩を書きためても、なかなかお金にはならないわけです。だから20代の頃は、映像制作などに活動の幅を広げることで、なんとか詩人としての自分を養っていました。

黒川さんは1960年代ごろにアメリカで活躍したビートニクの影響を受けている。ギンズバーグはその一人だ

――ファレル・ウィリアムスの楽曲『Happy』にあわせて原宿の人々が踊る『Happy from Harajuku Tokyo – Pharrell Williams #harajukuhappytimes』など、黒川さんの作品は映像分野でも評価されていますよね。そちらに活動の軸足を移そうと思ったことはないのですか?

ありません。やっぱり僕にとっては、詩を書いている時間が何よりも生を実感できる瞬間なんです。だからこそ、今も詩を書き続けているのだと思います。ありがたいことに、昨年、詩集を出版したことをきっかけに、広告コピーや詩の連載の仕事もいただけるようになってきました。ようやく詩人として、自分の「言葉」で食べていけるようになってきた感じです。

■ 簡単にコピペできてしまう詩に、どうやって価値を与えるか?

――そんなストリートの詩人である黒川さんが、どうしてNFT作品のメタバース展示というプロジェクトに取り組むことになったのでしょう?

もともとNFTには関心があったんです。NFTというとデジタルアートの文脈で語られることが多いですが、そもそも言葉ってデジタルアート以上に簡単に複製できてしまうものですよね。たとえば、僕がWebメディアに詩を寄稿したとして、読者の方はそれを無料でコピーできてしまいます。メディアから原稿料をもらっているとはいえ、詩でお金を稼ぐことの難しさは、意識せざるを得ません。

じゃあ詩集として物理的な実体を与えればいいかというと、そうでもない。きちんと装丁やデザインにこだわると、売上だけでは制作費を回収できない詩集がほとんどなんです。

黒川さんの詩が展示されたメタバースギャラリー。スマホやパソコンからも「3D空間」にアクセスできる

――多くの詩集は、作者自身が制作費を負担していると言いますよね。

そうなんです。だからこそ、詩と経済活動とを結びつける新しいツールとして、ぼんやりとではありますが、NFTに可能性を感じていたんです。ちょうどそんなときに、今回の作品展の企画・制作を担ってくれたARTSVOXさんがNFTを活用した事業に取り組みはじめたことを知りました。

実は、同社の代表である清家新太郎さんは、ずっと昔から僕の活動を応援してくれていた友人なんです。一緒に食事をしたときに、自分もNFTに興味があることを伝えると、すぐに「じゃあ一緒に何かやってみよう」と言ってくれて。「作品を購入してくれた人に、後日、詩の続編が届く」というアイデアも、彼との打ち合わせのなかで生まれたものです。

――続編が届くまでに、最大で3年かかるそうですね。非常に実験的な試みだと思うのですが、どんな狙いがあるのでしょう?

NFTには投資的な側面もあるので、時間経過によって作品の価値が高まっていくことを、「未完成の詩が完成する」というかたちで比喩的に表現できればと思ったんです。「続きがどうなるかわからない詩」というのは、まだまだ社会的な位置づけが定まっていないNFTという技術自体のメタファーでもあります。

購入してくれた方に「この詩はこれからどうなるんだろう?」というワクワク感を味わってほしいというシンプルな狙いもあります。続編が届くまでの年月で、書き手である僕にも、読み手である購入者の方にもさまざまな変化があると思うので、その時間の流れを重ねながら、作品を読んでもらえたら嬉しいですね。

■ メタバースのなかでは、人と詩が正面から向き合える

――今回はNFTでの販売だけではなく、メタバース内のギャラリーでも、詩の展示を行っているのですよね。

はい。全28作品をメタバース内で展示しています。実は最初は、「わざわざそんなことしなくていいんじゃない?」と思っていたんです(笑)。でも結果的には、展示をして正解だったと感じています。このギャラリーにはスマホでもパソコンでもログインできるのですが、やっぱりVRゴーグルをつけて作品を眺めていただくと、これまでにはない形で「詩を鑑賞する」という体験を味わえるはずです。

――私もVR空間で作品を鑑賞させていただいたのですが、印刷物や画面上で詩を読むのとは、ひと味違う体験ですよね。なんというか、自分自身が言葉と直接向かい合っているような感覚でした。

ギャラリー内にほかのユーザーが表示されず、ひとりで作品を鑑賞できる仕様にしたことが良かったのかもしれません。今って、本を読んでいるときでも、美術館にいるときでも、たいていはスマホがすぐそばにあるじゃないですか。そういう意味では、リアルな空間においても、本当にひとりきりの状態で詩を読む機会ってなかなかないと思うんです。逆説的ですが、メタバースのなかでこそ、現代人はひとり静かに作品と向き合うことができるのかもしれません。

ありがたいことに作品のいくつかはすでに売約済みになっているのですが、それも仰っていただいたように「作品と一対一で向き合う」という経験をしていただけたからこそなのかな、とも感じています。

――作品の価格は、どのくらいなのでしょう?

おおむね数万円程度ですね。でも、値付けに関してはARTSVOXさんにお任せしました(笑)。どんな方が購入したかということも、なるべく耳に入れないようにしています。人にもよると思いますが、僕はそういうことを考えない方が創作に集中できるタイプなので。

けれど不思議なことに、「誰かがお金を払って自分の詩を買ってくれたんだ」という手応えは、これまでになく感じていて。作品を寄稿して原稿料をいただいたときとも、詩集を買っていただいたときとも違う、まるで「詩」そのものを手渡ししたような感覚です。これもNFTに挑戦しなければ、味わえなかった体験だと思います。

NFTマーケットプレイス「OpenSea」に出品された黒川さんの詩。未完成で、後日、完成した詩が購入者に届く

■ 詩を読んでこなかった人たちが、詩と出会うために

――NFTやメタバースに触れたことは、今後の黒川さんの創作活動にも影響がありそうでしょうか?

まだまだ未知数な部分もありますが、NFTやメタバースが僕たちの暮らしに馴染んでいけば、そのことが自然に詩に反映される気がしますね。僕が書いている詩って、言ってしまえば、この世界に対する感想のようなものなんです。ふと感じた雨の匂いだとか、その雨の匂いを忘れてしまったことだとか、そういう暮らしのなかで見落とされてしまいがちな小さな事柄を、僕は拾い集めて記録しているんです。

だから今この時代にNFTやメタバースという技術が生まれ、僕たちの暮らしを少しずつ変えつつあることも、きっと何かしらの形で僕の詩のなかに刻まれていくのではないでしょうか。

――NFTは、詩というジャンルにどのような影響を与えそうでしょうか?

必ずしも誰もがNFTに取り組む必要はないと思うんです。僕にしても、これからすべての作品をNFT化していくかと言えば、そうはならないでしょう。けれど、作品の販売の仕方で悩んでいる人にとって、検討すべき手段のひとつにはなるのではないでしょうか。たとえば、ポエトリーリーディングなどは、NFTとの親和性が高そうですよね。NFTを通じて活動の幅を広げられる人が増えていくのなら、素晴らしいことだと思います。

ただそのためには、NFTに対して一部の人たちが感じている、ある種の「いかがわしさ」を払拭しなければならないとも感じていて。NFTが単なるお金儲けの手段と映らないように、今まで以上に作品の質を高めていかなければならない。そこは率先してNFTに参入した者として、責任感を持って取り組んでいきたいですね。

――最後に、黒川さんの今後の展望を教えてください。

まずは今回詩を購入してくれた方に、しっかりと体重の乗った詩を届けたい。そのためにも、NFTに限らずさまざまなことに挑戦していきたいですね。たとえば、実は最近、久しぶりにアルバイトを始めたんですよ。詩人として収入が増えてから、ちょっと浮世離れした生活を送っていたので、何か当たり前のことを見落としてしまっている気がしたんですよね。「詩人の黒川さん」ではなく、ただのバイトの兄ちゃんとしてお客さんと接することで、気がつくこともたくさんあると思うんです。そういう経験も含めて、詩人としての厚みを増していければと感じています。

もう少し大きな話をするなら、詩や詩人に対する社会のイメージを、少しずつ変えていきたいと思っていて。もっと多くの人が、当たり前に詩を読んだり書いたりするようになったら、社会はもっと豊かになると思うんですよ。そういう意味でも、NFTという切り口は、新たな詩の読者を開拓することにもつながると感じています。そんなことも考えながら、まずは詩人として、何よりも真摯に詩を書き続けていきたいですね。