NFTは「マルチ・メタバース」時代のインフラになる 『NFTの教科書』増田雅史弁護士に聴く

2021/12/29
『NFTの教科書』の編著者の増田雅史弁護士(撮影:高野楓菜/朝日新聞出版)

インターネット以来の「革命」がはじまった! そんな刺激的な言葉がカバーに踊る書籍『NFTの教科書』(朝日新聞出版)が話題になっている。2021年秋に発売されて以来、増刷を重ねている本書を企画したのは、IT・デジタルを専門とする増田雅史弁護士だ。

2021年に脚光を浴びた「NFT」に関する総合的な解説書。「NFTビジネスの全体像」「NFTの法律と会計」「NFTの未来」という3部構成で、各分野のエキスパート28人が多様なテーマについて執筆しており、「NFTに対する具体的なイメージを持ちやすい」と反響を呼んでいる。

この本の編著者である増田弁護士に、NFTの現状と課題をどう見ているか、NFTとメタバースの関係はどう捉えたらいいのか、といった点についてじっくり聞いた。

■「NFT」に関する法律相談が急に増えた

――増田さんが『NFTの教科書』の制作の呼びかけ人ということですが、きっかけについて教えてください。

増田:私は弁護士としてゲームサービスや仮想通貨の分野に長年取り組んできたのですが、NFTに関する相談が2021年に入ってから、急に増えてきたんです。その一方で、NFTが一体どのようなものなのか、多くの人がイメージできないまま言葉だけが独り歩きしているとも感じていて、正確な情報発信をするべきだと思っていました。

そこで、2021年4月に「NFTの法的論点」というタイトルでブログ記事を公開したところ、いきなり初日に3000PVを記録し、世間の関心の高さが窺えました。そのタイミングで「NFTをテーマに本を書きませんか」と出版社からお誘いがあったのですが、法律のことだけを書いても不十分だろうと考えて、ビジネスサイドの人たちも巻き込んで本作りを始めました。

――NFTに関する相談は、いつごろからあったのですか。

増田:NFTの最初期のユースケースはゲーム分野でして、もともとゲーム産業に深くかかわっていた私は、はやくも2017年末ころから相談を受けるようになっていました。しかし2021年3月、アメリカ人アーティストであるBeeple氏が製作したデジタルコラージュ作品が約75億円で落札されたニュースが流れたあたりから、急に盛り上がりを見せてきました。ちょっと悪く言えば、「NFT」が急速にバズワード化しました。

――NFTは、私たちの社会にどのような変化をもたらしているのでしょうか。

増田:まずは創作の分野でしょうか。もっとも、インターネットでは以前からUGC(User Generated Content)が盛んであり、ニコニコ動画やpixivなど、ユーザー作品の発表の場は多くありました。なので、趣味としての創作活動に大きな影響が生じることはないと思います。

大きな変化といえるのは、デジタル分野で創作活動を行う専業アーティスト(いわゆるプロ)にとっての有力なマネタイズ手段が生まれた点です。デジタルアーティストが自分の作品を販売する場合、これまでは特別な媒体や再生手段を用意することによって数量を限定して販売することはあっても、それ以外の方法で有効に数を限定する方法がなかなか見当たりませんでした。

ところがNFTの登場により、デジタルデータ自体を個数単位で売れるようになった。これはデジタルアート分野の専業アーティストにとっては大きな変化でした。

NFTとメタバースの関係は?

――増田さんは最近、Twitter(@m_masuda)で、「コンテンツの価値はメディアが規定する」として、「NFTを通じて取引される有限的なデジタルデータの価値を引き出し得るメディアの最有力候補の一つがメタバース」という見方を示しましたね。

増田:言いたかったのは、NFTは、「メタバース空間上で個数が限定されたデジタル資産」を保有して取引するコンセプト、ないし、手段として使われ得るものだ、ということです。

インターネット空間には既に様々な「メタバース」が存在していますが、現在のところ、統一的な規格が整備されているとは言えません。このまま相互運用性がない状態が続くと、あるメタバース空間において何らかのデジタル資産を買っても他のメタバース空間ではそれを使えないので、みんなが単一のメタバース空間を使うような状況でない限り、デジタル資産への消費も喚起されませんよね。

今インターネットが普及しているのは、規格が標準化されているからです。メタバースについても、規格が標準化された有機的なエコシステムとしての「マルチ・メタバース」(または単に「マルチバース」、あるいは相互運用性があることを指す語としての「オープン・メタバース」)が出現することにより、メタバース空間におけるデジタル資産の保有や取引が盛んになるように思います。

――増田さんは「多様なメタバースが花開いた後、規格・標準争いが事実上決着してからが、本格的なマルチバース時代」ともツイートしています。かつてのビデオテープレコーダーの「VHS 対 ベータ」の規格争いのように、それが決着してから、NFTが有用性のあるものになるということでしょうか。

増田:そうですね。独占的な単一のサービスが誕生すれば話は別ですが、そうでない限りは、相互運用性、いわゆるインターオペラビリティは、複数のサービスが存在しつつ有用なものとなる必要条件だと考えています。多くのメタバースはそうした相互運用性のない、いわゆる「クローズド・メタバース」として存在していますが、既に「オープン」を志向するサービスも登場し始めています。

そうした取り組みが広がる中で、今後、デファクト・スタンダードとなるための争いが本格化していくはずです。それが決着をみたとき、ユーザがどのサービスを選ぶかを迷わずにデジタル資産を購入し保有することができるようになり、その仕組みを支える存在としてのNFTの有用性が改めて理解されるようになると思います。

■ NFTに関する「利用規約」をどう定めるかが重要

――NFTを用いてビジネスをする時に気を付けなくてはならないのは、どのようなことでしょうか。

増田:NFTを持っていることでどのような権利が生じるのかを明らかにすることだと思います。

現状では、権利関係は基本的に契約の形で表現するしかありません。そして、権利が全く伴わないものもあります。実際、先ほど触れたBeeple氏のデジタルアートは、アート作品自体は公開されており誰でもダウンロードできる一方、NFTの保有者には法的な権利や許諾が何も与えられていないようです。

これを突き詰めると、「あなただけがこのデジタルアートの保有者です」というお墨付きをアーティスト本人から得た対価が75億円である、という理解をすることになります。これは金額も相まって極端な例のように思えますが、一般的にも、NFTを手に入れたら何らかの法的な権利が当然に手に入るという誤解が生じることは十分にあり得ます。NFTの発行者ないし売り手としては、そのことをきちんと説明しておかないと、あとで購入者や保有者から「こんなはずではなかった」と反発されることとなり、お互い良くありません。

誤解を避けるために書くべきこととして考えられるのは、例えば、「アート作品自体はデジタル空間で公表されているものであり、誰でも見ることができるものです。このNFTを買った人だけが見ることができるわけではありません」とか、「取引により、私の著作権が移転するわけではありません」といった点かと思います。もちろん、NFTの保有者に何らかの許諾をするのであれば、その内容や条件は正確に書く必要があるでしょう。

――あらかじめ契約内容を明示しておくのが重要ということですね。

増田:そのとおりです。いま紹介したのは個々のアートNFTの販売という場面で持つべき視点ですが、メタバース空間内で(NFTを介して)保有されるデジタル資産については、そのサービスに対応する形でより精緻なルールを定める必要があるはずです。具体的には「利用規約」をどう作るか、という問題です。

ただ、利用規約自体はサービス提供者が用意すべきものではあるのですが、メタバース間の相互運用性を実現するためには、事業者をまたいだ横断的なルール作りが欠かせません。また、それは使用するインフラや規格を踏まえたものである必要があるため、法律家だけで整理できるものでもありません。

しばらくの間は、使用するインフラや規格を踏まえる形でサービスごとにどう利用規約を作りこむかを個別に検討するほかないと思われますが、こうしたルールの統一は、マルチ・メタバースを実現する上で避けて通れない議論となるでしょう。

サブスク以外の新しいビジネスモデルの可能性

――きちんとルール設定がなされているメタバース空間があれば、アーティストはそこに作品を出したがるでしょうし、買い手もそこへ集まりますよね。

増田:今後は、ユーザーがたくさんいるだけではなく、決まったルールで取引されるという安心感が大切になると思います。そうすれば、売り手も買ってもらえるという見込みが立つ。

そして、もしNFTが普及していくと、例えばかつての音楽CDみたいな状況が復活するかもしれません。登場してから長く大量のミリオンセラー作品を排出していた音楽CD産業は、デジタルデータをコピー・送信する手段が普及して以降は売れ行きが落ち込み、その後はサブスクリプションモデルが普及することとなりましたが、音楽業界全体のパイが縮小した、とりわけ一部の楽曲に人気が偏りロングテールがやせ細った、など様々な影響が指摘されています。

ところが、メタバース空間での消費行動が一般化すると、ユーザはその空間のルールに従った商品を購入することになるところ、そこでは、個数を限定できるというNFTの特質を活用することにより、音楽CDのように一つ一つの楽曲が売れる状況を再現できる可能性があります。また、限定盤の販売といったモデルも復活する可能性がありますね。

このように、NFTが単なる取引手段として機能するだけではなく、バーチャル空間内でデジタルコンテンツを購入・消費する手段として機能するという点が重要です。NFTを介して流通し得るデジタル資産が、メタバース空間内で実需を伴う形で個々のユーザに消費されるようになり、自然と価値を持つようになる。それが、私が「コンテンツの価値はメディアが規定する」と述べていたことの意味です。

■「Play to Earn」ゲームは広がっていくか?

――NFTといえば、アートのほかに注目されている分野は「ゲーム」だと思います。最近は「Play to Earn」というモデルのゲームが注目されていますね。

増田:「Play to Earn」型のゲームは、プレイするとゲーム内通貨が手に入り、それをビットコインやイーサと交換したりできるので、ゲームをプレイすることにより稼げますよ、というコンセプトですよね。もっとも、単に「稼げる」ことだけがポイントなのだとすると、いったん収率が悪くなったゲームからはユーザが雪崩を打ったように流出しかねませんし、交換先である暗号資産の下落局面ではこうしたサービス全般の魅力が失われかねません。これらの点で、単純な「Play to Earn」型モデルには一定の限界があると思います。

上記の問題を克服するためには、やはりゲーム自体の面白さ、コミュニティとしての価値など、単に「稼げる」以外の要素が重要となります。今後は、「Play to Earn」要素がありつつも、面白さやコミュニティといった要素をより前面に押し出し、ユーザのハートを掴もうとする流れが強まると予想します。

ゲームサービス自体は、はじめから共通の話題があるユーザが集まることによりコミュニティを形成しやすいサービスであると言えます。そうした特質をオープンなメタバース空間において実現できれば、メディアミックスビジネスと同じで、一つのゲーム内に閉じないエコシステムを形成する重要な起点になるかもしれません。例えば、ユーザがゲーム内の衣装やキャラクターをゲーム外に持ち出して、ゲーム以外のメタバース空間でも使うような「横展開」ができるようになっていくと思います。

■ NFTという言葉をだれも意識しなくなってからが「本番」

――そうなると、メタバースが浸透していって初めて、NFTも本当の価値を持ってくるのでしょうか。

増田:メタバースが浸透しないとダメだという極端な意見を申し上げるつもりはありませんが、一つの有力な方向性として、そう考えています。デジタルコンテンツを単に交換するだけの手段としてではなく、そのデジタルコンテンツをメタバース空間で保有・使用するといった形で具体的な消費行動がわかりやすく目に入るようになると、いまの暗号資産界隈のアーリーアダプターや投機筋を超えて、一般消費者にもNFTが浸透し始めます。

でも、もしそうなれば、NFT自体はデジタルデータを管理するための単なるコンセプトないし媒介にすぎないため、インフラとして当たり前の存在となり、やがては「ブロックチェーン」や「NFT」といった単語自体が語られなくなると考えています。むしろそれは、NFTが意識されずに(意識する必要がなく)使われるようになったことを意味していますので、そうなってからがNFTの本格的な普及期となります。

――NFTの活用シーンとして、増田さんは様々な事例を見てきたと思いますが、NFTの機能が有利に働いたと思われる例はありますか。

増田:例えば、「コレクティブル」と呼ばれる分野のサービスですね。デジタルコンテンツはいくらでも数が増やせるので、これまで数を絞ることが難しかった。

でも、NFTがあれば「限定トレカ(トレーディングカード)」のように、デジタルでありながら数を限定することができます。そういう意味で、コレクティブル分野はNFTと相性が良いのです。

今後は、例えばファンビジネスと結びついて、「限定販売のNFTを持っている人だけが受けられるサービス」のように具体的な用途が伴う形でも伸びていく可能性がありますね。

――NFTは今後、社会にどのような影響を与えると思いますか。

増田:NFTという仕組み自体が直ちに我々の生活を変えることはないと思っています。ただ、NFTを利用した、劇的に魅力のあるサービスが登場して、今よりももっとデジタル化された生活が到来する可能性はあります。その最有力候補だと私が考えているものが、メタバースです。

――ヒット商品がないと劇的には変わらないということですよね。インフラからは変わらないというか。

増田:そうですね。重要なのは、インフラにどのようなサービスを乗せるかですよね。生活に入り込むようなサービスが登場してきて初めて、世界が変わっていくと思います。

インターネットも、通信回線を引くだけ、通信プロトコルがあるだけでは、ネットという手段そのものを試したい人しか惹きつけられなかった。そこで情報収集・コミュニケーションすることが一般に受け入れられて初めて、急速な普及期を迎えました。同じようにこれから起こり得るのは、メタバース空間の利用が一般化し、多くの人が生活の一部をメタバース空間に移行させるという現象であり、そこで利用されるデジタル資産の保有・移転のコンセプトないしインフラが実はNFTだった、ということです。

今はメタバースの利用に、例えばVR端末への抵抗などから二の足を踏むという方が多いでしょう。もっとも、いったんメタバースが大衆に浸透しはじめ、その利便性や面白さがわかりやすいユースケースにより認識されるようになってからは、だんだん使うのが当然という雰囲気となり、一気に雪崩を打つ可能性があると思います。すぐに大衆に受け入れられたわけではなかった初代iPhoneから、10年もしないうちにスマホが当たり前の存在となったようにです。

そうなったときに備え、我々法律家は今のうちからNFTの実像を正確に捉え、ルールの共通化など将来の社会的課題に思いを致す必要があるのです。

 

増田雅史(ますだ・まさふみ)・プロフィール
弁護士・ニューヨーク州弁護士(森・濱田松本法律事務所)。スタンフォード大学ロースクール卒。理系から転じて弁護士となり、IT・デジタル関連のあらゆる法的問題を一貫して手掛け、業種を問わず数多くの案件に関与。特にゲーム及びウェブサービスへの豊富なアドバイスの経験を有する。経済産業省メディア・コンテンツ課での勤務経験、金融庁におけるブロックチェーン関連法制の立案経験をもとに、コンテンツ分野・ブロックチェーン分野の双方に通じる。The Best Lawyers in Japan 2022にFintech Practice、Information Technology Lawの2分野で選出。ブロックチェーン推進協会(BCCC)アドバイザー、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)NFT部会 法律顧問。